父は暴言、母は家出…幼い手に抱え込んだ炊事、洗濯「なぜこんなに苦しいの」

 初めて料理を作ったのはいつだったか、よく覚えていない。福岡県に住むケイコさん(40)=仮名=は小學校から帰ると、家出を繰り返す母親に代わり、臺所で1人、踏み臺に乗り、幼い手に包丁を握った。野菜炒め、みそ汁、卵焼き。料理好きの母の手さばきをうろ覚えに思い出しながら、毎日、自分と父親の2人分を作る。それが10年余り続いた。

 父は89歳、母は84歳になった。母の家出はだいぶ前に収まったが、昨年、2人とも認知癥と診斷され、8月には母が施設に入った。また父と2人の生活が始まった。今年2月、ケイコさんは會社を辭め、精神科を受診した。「愛著障害」と「注意欠陥多動性障害(ADHD)」と診斷された。夏、ヤングケアラーの支援団體につながった。似た境遇の人が大勢いることを知った。

 父は會社員だった若い頃から虛言や暴言が絶えなかった。一人っ子のケイコさんの目にも異常だった。だが本人が病院に行かず、診斷は付かない。耐えかねた母は家出を繰り返し、母がいない間の炊事や洗濯、掃除は小學生のケイコさんの仕事だった。

 獻立を考え、下校後に近くの店で食材と父のビールを買う。包丁でよく指を切った。卵をうまく巻けず、焦がした。高學年になると、自分で料理本を買い、工夫した。それでも父は「味が薄いぞ」と嫌みを言った。

 「親のせいでなぜこんなに苦しい思いをしなくちゃいけないの」。臺所の包丁を何度も持ち出し、父の部屋の前に立った。父を殺して、自分も死のう。幼い手をドアに掛けた。だが開けられなかった。

「子どもの頃に頼れる場所があれば」

 福岡県內の古い一軒家。ケイコさんは慣れた手つきで煮物や焼き魚を作る。認知癥の父と自分の2人分の夕食。子どもの頃は母は家出して、いなかった。今、母は施設に入所して、いない。

 おかゆに認知癥の薬をこっそり混ぜる。お盆にのせて父の部屋へ運ぶ。だが一緒には食べない。父とはいっときも一緒にいたくない。だから、父がデイサービスで不在の日は家にいるが、それ以外の日は夕方までカフェなどで時間をつぶす。

 記憶にある両親はいつもけんかしていた。父は母に「俺を殺そうとしている」などとありもしない疑いをかけては暴れた。母は時に半年間も家を空けた。父の矛先は娘にも向かった。「おまえは俺の子じゃない」。ただ、ケイコさんに手を上げることはなかった。

 ケイコさんの暮らしも荒れた。學校に遅刻し、忘れ物は毎日。家で宿題もできず、成績は當然、悪い。それでも誰にも相談しなかった。「変な親」を知られたくなかった。その頃には結婚への憧れもうせた。

 高校は奨學金制度のある私立校を自分で探した。高校3年間、母はずっと家出したまま。午前5時に起き、自分の弁當と父の晝食を作って登校。帰宅後は家事を済ませた後の深夜、必死に勉強した。睡眠時間は4~5時間。福岡県內の私立大に進學した。

 就職した會社は楽しかった。だが家には年老いた両親がいる。介護を意識し、35歳で福祉関連會社に転職。資格も取った。だが限界が來た。

 ケイコさんは現在、精神科に通院しながら、自分を見つめ直している。職を失い、お金の不安はある。父も施設に入れたいが、今は難しい。「子どもの頃に頼れる人や場所があれば、こんなに心がしんどくはならなかったと思う。親と距離を置かないと自分のための人生は始まらない」

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